(ネイティヴに通じる英語になる 「たった6個の正しい発音」 ほとんどの日本人が間違えている「6個の発音」|30分で英語が話せる|ダイヤモンド・オンラインから)
(via kotoripiyopiyo)
昨年の交通事故死者数の4863人は、昭和27年とほぼ同じ死者数だ —
交通事故死者数10年連続減少 なぜ減ったのか? 57年ぶりに4000人台となった前年を下回る4683人 | Best Car Life | 現代ビジネス [講談社]
そう、この10年で事故は減ってないけど、圧倒的に人は死ななくなった。ひとつひとつ実績を積んでいけば、10年で世界は変るというすばらしい実例
(via mitaimon)分母が分からなきゃ意味がない
(via mitaimon)
Please STICK that inside me……!
(via m-gameboy2)
本日の集中力は終了しました
— Twitter / ltd (via rpm99) (via nemoi) (via thinkupstudio) (via nemoi) (via dannnao) (via kakera) (via xlheads) (via yaruo) (via gkojax)
2009-10-05 (via gkojay) (via thinkupstudio) (via nemoi) (via rurinacci) (via uessai-text) (via mitukiii) (via muhuhu) (via kkj114) (via katsuma)
都営地下鉄の券売機でチケットを買い間違った時は、券の出口にそれを差し込むと、自動で払い戻しができる、ということを初めて知りました。 — Twitter / daysuke takaoka (via otsune)
おー知らなかった
(via kogure)
439 名前:名無しの心子知らず[sage] 投稿日:2010/10/08(金) 10:14:31 ID:qBpWkmIM
6歳長女。
昨日、なにやらチョキチョキペタペタ工作して遊んでると思ったら、
「ノーベルお母さんしょう」「ノーベルお父さんしょう」「ノーベルあかちゃんしょう」
と書かれたメダルをくれた。不覚にも泣いた。
すぐに「ノーベルこどもしょう」を作って首にかけてあげたら、それまでのドヤ顔から
もじもじテレテレに変身。しばらくずっと部屋の中をヘンな内股で歩いてた。
帰宅後、ダンナも涙。
新築だからって時計掛ける用のクギうつのも嫌がってたくせに、
速攻でメダル飾る用クギ穴あけてた。
飾られたメダルたちを朝見た長女、またもじもじテレテレ歩きになってた。
一晩たった今でも、目に入るとちょっと潤んでしまうよ。ありがとう!!
— 育児板拾い読み@2ch (via cloudsunrain)
(via kotoripiyopiyo)
そういえばちょっと前に、アメリカで25歳の自信満々の美人女性が、
年収などのハードルの高い条件をあげて、結婚相手をネットで募集したことがあったけど
一人のエリートに、
「僕は君の希望を全部かなえられるし、君は美人だけど、お断りだね。
なぜなら、僕の収入は今後もっと上がっていく可能性が高いが、
君の美しさは、今をピークにどんどん下降していくばかりじゃないか。投資対象としては最低だよ」
と書き込まれて、そのサイトを閉じたという・・・
参考までに。
— 仕事ができる男の人の特徴は? (4) : 恋愛・結婚・離婚 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) (via edieelee)
スゲー
(via kogure)
うちの会社はDQNの集まりなので、俺がエクセルの行の幅を一括して変えただけで「あいつはオタクだ」ということになってしまった。 — No.19340 オタク - コピペ運動会 (via shibata616) (via katoyuu) (via mitaimon)
そりゃあ行の幅変えたら驚く。行の高さでしょ
昭和二十年三月十日の(東京)大空襲から三日目か、四日目であったか、
私の脳裏に鮮明に残っている一つの情景がある。
永代橋から深川木場方面の死体取り片付け作業に従事していた私は、
無数とも思われる程の遺体に慣れて、一遺体ごとに手を合わせるものの、
初めに感じていた異臭にも、焼けただれた皮膚の無惨さにも、
さして驚くこともなくなっていた。
午後も夕方近く、路地と見られる所で発見した遺体の異様な姿態に不審を覚えた。
頭髪が焼けこげ、着物が焼けて火傷の皮膚があらわなことはいずれとも変りはなかったが、
倒壊物の下敷きになった方の他はうつ伏せか、横かがみ、仰向きがすべてであったのに、
その遺体のみは、地面に顔をつけてうずくまっていた。
着衣から女性と見分けられたが、なぜこうした形で死んだのか。
その人は赤ちゃんを抱えていた。
さらに、その下には大きな穴が掘られていた。
母と思われる人の十本の指には血と泥がこびりつき、つめは一つもなかった。
どこからか来て、もはやと覚悟して、指で固い地面を掘り、赤ちゃんを入れ、
その上におおいかぶさって、火を防ぎ、わが子の生命を守ろうとしたのであろう。
赤ちゃんの着物はすこしも焼けていなかった。
小さなかわいいきれいな両手が母の乳房の一つをつかんでいた。
だが、煙のためかその赤ちゃんもすでに息をしていなかった。
わたしの周囲には十人余りの友人がいたが、だれも無言であった。
どの顔も涙で汚れゆがんでいた。
一人がそっとその場をはなれ、
地面にはう破裂した水道管からちょろちょろこぼれるような水で手ぬぐいをぬらしてきて、
母親の黒ずんだ顔を丁寧にふいた。
若い顔がそこに現れた。
ひどい火傷を負いながらも、息の出来ない煙に巻かれながらも、
苦痛の表情は見られなかった。
これは、いったいなぜだろう。美しい顔であった。
人間の愛を表現する顔であったのか。
だれかがいった。
「花があったらなあ――」
あたりは、はるか彼方まで、焼け野原が続いていた。
私たちは、数え十九才の学徒兵であった。
—「花があったら」-『写真版 東京大空襲の記録』から見えてくるもの
http://ihope.jp/tokyo-bomb.htm
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